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最高裁判所第一小法廷 昭和58年(あ)612号 決定 1986年2月03日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人小川真澄の上告趣意は、憲法三一条違反をいう点を含め、その実質はすべて単なる法令違反の主張であって適法な上告理由に当たらない。

なお、日本電信電話公社の電話回線を通じ、発信側電話の度数計器を作動させるため、受信側から送出される応答信号は、有線電気通信法二条一項にいう「符号」に当たり、応答信号の送出を妨害する機能を有するマジックホンと称する電気機器を電話回線に取り付け使用し、応答信号の送出を妨げるとともに、発信側電話の度数計器の作動を不能にした行為は、有線電気通信妨害罪(昭和五九年法律第八七号による改正前の同法二一条)及び偽計業務妨害罪に当たり、両罪は、刑法五四条一項前段の観念的競合の関係にあると解するのが相当である(最高裁昭和五八年(あ)第一七〇七号同五九年四月二七日第三小法廷決定・刑集三八巻六号二五八四頁参照)。

よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、主文のとおり決定する。

この決定は、裁判官谷口正孝の意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官谷口正孝の意見は、次のとおりである。

一 多数意見は、本件「応答信号」は有線電気通信法二条一項にいう「符号」に当たり、電話回線に原判示マジックホンを取りつけ使用することによって、「応答信号」の送出を妨げる行為は、昭和五九年法律第八七号による改正前の同法二一条(以下「改正前の」という)にいう有線電気通信妨害罪に当たるものと判断した。引用の最高裁判所昭和五九年四月二七日第三小法廷決定・刑集三八巻六号二五八四頁も同旨である。

ところで、多数意見は右「応答信号」が同法二条一項にいう「符号」に当たる理由について説示するところがない。思うに、その理由は、本件「応答信号」は、同法上処罰の対象とされない「信号」と異なり、単なる注意喚起の域を超え、現に通話が行われているという事実についての情報を表示する機能を果しており、機械が故障していない限り課金装置が情報の受容を拒絶することはない、というその作用の面を重く考えたからであろう。果してそのように解することができるであろうか。

なるほど、「符号」と「信号」とは、両者等しく線条その他の導体を利用して電磁的方式により情報を伝達する手段である点において、類似の性質を有している。それにもかかわらず、改正前の同法二一条が「符号」については、有線電気通信設備に障害を与えてこれにより通信を妨害した行為を処罰の対象としているのに対して、「信号」については同様の手段による妨害行為を処罰の対象から除外していることは、同法の規定上明らかである。このように同様の手段による妨害行為を刑事上の処罰の対象とするかどうかにつき、同法が「符号」と「信号」との間にこのような差異をもうけたのは、どのような理由があってのことであろうか。

さて、一般に「符号」とは、意思、感情、事実などを相手に認識できる形、音、光などの組合せにより表現したものをいい、通常、文字、数字、記号などに対応して定められている、と解され、「信号」とは、限定された意思または事実を単純に伝達して他人の注意を喚起する程度のものをいう、と解されている。このように、「符号」と「信号」とを概念的に区別することはもちろん可能であるが、両者の限界はかなり微妙である。ここでは、有線電気通信法の処罰の対象性という観点から両者をどのように区別してとらえるかを問題にすれば足りる。

二 ところで、「符号」である電話と「信号」である警報サイレンの場合、両者とも同法二条にいう「音響」を伝えるものであるにもかかわらず、何故に両者が刑罰規制の面において異なる取り扱いを受けるのであろうか。その理由は、電話の場合、その受け手が「音響」そのものを聞くだけではなく、そこに伝達されるべき情報の内容じたいを聞き、その内容じたいを認識することができるからである。これに対して、警報サイレンの場合、受け手の聞くのは、あくまでも「音響」だけであり、情報の内容じたいを聞き、認識することはないからである。受け手が「音響」により情報の内容じたいを認識することができるという点が「符号」と「信号」とを区別する契機となるのである。このように、「符号」が「信号」と区別され、その妨害から刑事上の保護を受けるのは、受け手がそれにより伝達されるべき情報の内容じたいを認識できるという情報伝達手段としての高度性によるものと思われる(同旨、山火正則、判例評釈、判例評論三一二号二二二頁以下参照)。そして、情報伝達手段としての「符号」は、意思、感情、事実などを受け手に認識できる形、音、光などの組合せにより表現したものをいい、通常、文字、数字、記号などに対応して定められているわけである。

以上の見地にたって、本件「応答信号」の「符号」性について考えてみる。「応答信号」は、極性反転電流を、電話回線を通じ受信側から発信側に伝達する仕組みによって、受信側電話機が応答した事実を発信側に伝達するにすぎないものであり、応答の事実を伝達するものではあってもその内容じたいは認識できず、情報伝達手段としての高度性を有するものとはいえない。してみると、右「応答信号」を後記の「課金パルス」から切り離し、それだけをとらえて、これを「符号」に当たる、とすることはできない。しかし、「応答信号」である極性反転電流が電話回線により発信側に伝達・検知されると、発信側の課金パルス供給装置から、発信側電話機と受信側電話機との間の距離に応じて予め設定された課金パルスが送出され、これを受けて度数計器が作動し、度数登算が行われる。この課金パルスは、電流の「断」と「続」との組合せにより、時間的、距離的に多様な通話に比例して登算される通話料金を示す数値を表現し、しかも人の認識できるものになっており、その点において「課金パルス」は、「符号」に当たるものといえる。

私としては、本件「応答信号」は、「符号」には当たらないと考えるが、原判示マジックホンを受信側電話回線に取りつけ、「応答信号」の送出を妨害することによって符号である「課金パルス」の作用を妨害した原判示被告人の所為は、改正前の有線電気通信法二一条所定の有線電気通信妨害罪に当たると解する。

三 なお、原判示偽計業務妨害罪と有線電気通信妨害罪の罪数関係について一言する。

両罪の関係を一般法、特別法の関係にあるものとして、法条競合とする見解がある。右有線電気通信妨害罪は通信の安全円滑を保護するため、これを妨害する行為を処罰するものであり、その保護法益ないし罪質は業務妨害罪のそれと異なるところがないとし、前者は後者の特別法と考えるわけである。このように考えれば、両罪の関係は法条競合ということになろう。しかし、有線電気通信法一条所定の目的規定に照らして考えると、有線電気通信妨害罪の保護法益は業務としての通信だけにあるものではなく、むしろ通信の媒体としての伝送路を保護することにより有線電気通信の安全円滑を主たる保護法益とするものであることが明らかである。もっとも、同法の保護の射程が通信秩序にあることを認めながら、必ずしもその業務性にまでは及んでいないと解する立場もある。このように考えると、業務妨害罪と有線電気通信妨害罪とは保護法益・罪質が同一であり、右罪が業務妨害罪の加重的犯罪類型であるとは考えられないので、両罪の関係を法条競合として扱うわけにはいくまい。観念的競合ということになろう。

私は、有線電気通信妨害罪は通信の媒体としての伝送路を保護することにより通信の安全円滑を主たる保護法益としているものではあるが、同時に業務としての通信の安全円滑をも含んでいると考えるので、業務妨害罪と有線電気通信妨害罪の関係は処罰の面において吸収関係にあると思う。両罪の構成要件を同時に一個の行為で充足する場合、有線電気通信妨害罪の一罪のみで処罰すれば足りるわけである。「課金パルス」の発出を妨害することにより通信を妨害した本件の場合、右罪の一罪として処断することになるわけで、また、かく解することが事案の処理としても妥当なものと考える。

四 以上の次第で、原判決が本件「応答信号」を「符号」に当たると判断した点は、法令の解釈・適用を誤ったものというべきであるが、原判決もまた「応答信号」の送出を妨害することによって「課金パルス」の発出を妨害した被告人の原判示所為を有線電気通信妨害罪に当たるものとした趣旨であると理解できないわけではなく、次に罪数関係についても原判決の肯認した第一審判決は業務妨害罪と有線電気通信妨害罪との関係を刑法五四条一項前段の観念的競合としているが、結局重い後者の罪の刑で処断しているのであるから、以上の法令違反の点は原判決に影響を及ぼすものでなく、本件上告は棄却されるべきである。

(裁判長裁判官 高島益郎 裁判官 谷口正孝 裁判官 和田誠一 裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫)

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